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Pm16:37

 


学校からの帰り道、ショートカット地点である公園を通り過ぎようとしているときだった。
半ばに差し掛かったあたり、滑り台に反射した夕暮れの強い日差しが、
視界を遮った瞬間だった。

 

「そこを行くのは、四ッ谷くんではないかな?」

 

どことなく聞き覚えのある声に立ち止まる。
振り返ると、そこに居たのは、見知らぬ初老の男性だった。

シックにまとまった装いの、裕福そうな細身の男。


心当たりのないその人物に、思わず顔をしかめてしまう。
ああ、これは面倒な人に絡まれたな。
瞬時にそう思ったのだった。


「いきなりすまないね、どうしても気になったもので」
「どちらさまですか」


優しげに、そして申し訳なさそうに言う男に
つっけんどんに言い返すと、彼は声を押し殺すように笑いながら、距離をつめてきた。

僕はというと、一定の間合いを保ちつつ、男を観察していた。

 

「占いをしていてね、この先の君がどうしても心配になったんだよ。
 十二分に怪しいのはわかっているのだけど、
 悪さはしないからどうか話をきいてはくれないかい?」

 

少し悩んだ。
占いだなんてこのご時勢、詐欺まがいの商売をしている連中の、
否、詐欺の常套句ではないか。


ただ、悪さはしないという男の言葉はどうにも嘘とは思えないのだった。
それくらい、彼は真剣な目をして僕を見ていた。

 

「わかりました。すこしだけなら」
「十分だ、ありがとう」

 

 

Pm17:02

 

 

初老の男はシンと名乗った。


見たところ日本人のようではあるが、顔立ちの節々に外国の血を感じさせる。
ハーフなのだろうか、髪の色もやや薄かった。


上等そうに見える上着の裾から皮ベルトの腕時計を覗かせて時間を確認してから、
改めて僕の顔を見ようとしていた。

僕は思わず顔を背ける。人見知りなのだ、僕は。

 

「本題に入る前に、確認してもいいかな。君は占いを信じるかい?」

 

小さく首を振って否定すると、そうか、と呟いて、彼はこう続けた。

 

「どうしたら信じてくれるかな。たとえばそうだね。
 君はこれから、友達の家に向かおうとしていたのではないかな」

 

その言葉に背筋が凍る。
よくあるストーカーというものなのだろうか。

 

「会う相手は君よりも年上だね、ほんの少しだけお兄さんだ」

 

にこやかな横顔は、返事を待たずに喋り続ける。

 

「そうだね、もしも君にとってそのご友人が大切な人ならば」

 

シンと名乗った男は、そこで少し止めた。
そして、

 

「悪い事は言わない、今日はまっすぐ帰りなさい。
 大丈夫、彼は怒らないさ」

 

何も言えずに居ると、シンさんは立ち上がって再び腕時計を見た。
2、3秒そのままでいると、不意にこちらに向き直って、
「約束してくれるかい?」と笑った。

 

僕は思わず頷く。

シンさんと約束しようとおもったわけでも、
その占いとやらを信じたわけでもなかったのだけれど、
その勢いというか、気迫というか、何か威圧的なものに負けてつい頷いてしまったのだ。

そんな僕を見て、彼は心底安心したように「ありがとう」と礼を述べ、
ぽんぽん、ぽん、と僕の頭を軽く撫でた。

 

 

「これで一安心だ。
 君が約束を守ってくれたら、また会えるかもしれないね。
 君が約束を守ってくれなければ、もう二度と、会うことはないはずだ」

 

それではね、と告げると、シンさんは何事もなかったかのように
僕が行く予定だった道を歩いて行った。

しばし呆然とその姿を見送り、彼がなぜ僕を知っていたのか、
なぜ、これから向かう先を知っていて、会おうとして居た人物を知っていて、
どうして声をかけてくれたのか、少しの間考えていた。

 

 

 

 

Pm13:15

 

 

翌日、家に行くと宣言した後、やっぱりやめておくと連絡した”昨日会うはずだった人物”は、
呼んでもいないのに、急に家に押しかけてきたのだった。


夜の間に雨が降ったのだろう、少し肌寒い昼を迎えた土曜日。
どうせ休みだからとオンライン・ゲームに勤しむか、一日寝て過ごすか考えている時の事だった。

 

「昨日、なんで来れなかったんだ?」

 

持参のノートパソコンを広げながら、まこは言った。
ぶっきらぼうな言い方ではあるけれど、別段怒っているとか、そういう様子ではない。


昨日出会ったシンという人物と、彼に言われた事を覚えている限り伝えると、
まこはキーボードを叩く手を止めて、なにやら嬉しそうに笑った。

 

 

「そうか、お前にとっての俺は大切なご友人ってわけか」

 

 

あまりにも照れくさい。あぁ、言うんじゃなかったと思いながら、
ばかじゃねーの、と照れ隠しに呟く。


するとまこは、ぽんぽん、ぽん、と僕の頭を撫でて、くくく、と笑った。
それはもう、ずいぶんと上機嫌な様子だったから、
急に予定を変えた事には怒っていないのだな、と安堵した。

 

 

 

Pm17:12

 

 

夕飯はおそらく、ハンバーグだろう。


遊びに来ていたまこの姿もまだそこにあった。
まるで生家のように寛ぐ姿は、もう見慣れたものだ。

 

 

「そういえば、昨日通り魔があったんですって」


夕食の準備を進めながら、純はそう言った。
「へぇ」と適当に返事をしつつ、飼い猫の腹を揉む。


まこは思い出したように、「ウチの近くだってな」と付け加えた。

「そうなんだ」と聞き流してから、ふと思った。


あの初老の男の言う、約束とやらを守らずに、まこの家に向かっていたら。
そう考えると寒気がした。鳥肌が立った腕をさする。

 

 

それを見ていたのだろうまこは、


「昨日、ウチに来なくて正解だったかもな」


と言いながら不敵な笑みを浮かべて、
慰めるように、ぽんぽん、ぽん、と僕の頭を撫でたのだった。

 

 

 

 

―――――――――ここで、次のニュースです。
昨日17時頃、S区の住宅街路上で通り魔事件があり、

40代前半と見れる男性一人が死亡しました。
被害にあった男性の身元はわかっておらず、警察は―――――――――
 

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