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おさんからの頂き物。肝試しに続きます。

肝試しを読んだ時に浮かんでガガガッとまとめてくれたそう。(0316)

 

しん、と静まり返った部屋。深夜特有の冷たくて触れたら壊れてしまいそうな空気が世界を満たしていた。
ここには明かりも何もない。いや、実際はあった。ただそれを使わない。僕がそうしていたから。

人の部屋とは言っても勝手知ったるもので、どこにスイッチがあるかとか何があるとかは十分解っていた。

でも何もしない。したくなかった。
はあ、とひとつため息。視線は宙をふらふらと泳ぐ。
あと少し。あと少し。そう思って僕は畳んでいた脚を抱えた。あと少しなんだからと言い聞かせて壁に凭れ掛かる。

……そのあと少しは何回も裏切られてる訳だけれど。
外に出て見るっていう選択もあったけど結局のところ僕は同じ場所に留まっていた。

ここの家主が留守番しといてとかここにいろとか言った訳でもないのに。

――僕が行くことができる場所なんてないからかもしれないけど。
時間は午前3時を過ぎて夜明けへと向かっていた。多分もうちょっとで空が明るくなっていく。

でも、僕の求めてる『あと少し』はそれじゃない。もっと――
「!」
思考は不意に聞こえたドアが動く音で中断させられた。それから間もなく見える姿。
「……ただいま」
聞き慣れた穏やかな声が聞こえる。
――ほら。やっぱり『あと少し』だった。
部屋に停滞していた闇が、カーテンの隙間から覗く明けの空みたいに消えていくような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その考えが生まれたのはただの思いつきが理由だった。どうなるのか見てみたい。ただそんな単純な理由。
俺を必要としてくれた直を、俺の手の届くところに置いておきたいと思ったのは間違いなく自分。でも。
「まさか本気になってた?年増のオバサンが俺に?」
目の前で泣き崩れる女を前にしても何も思わない。むしろ鬱陶しいだけ。

死ぬだの何だのほざきながら、縋り付くみたいに手を伸ばしてくることすら煩わしくて背を向けた。
「死にたきゃ死ねよ。楽になりたいんだろ?」
女がピタリと止まった気がしたけどどうでもいい。

ブツブツ何か言ってる気もしたけど聞き取れなかったし聞き取るつもりもなかった。


時間は午前3時を少し過ぎた頃。夜闇が少しずつ光に食われていく時間が迫っていた。
この時間帯は人がほとんどいない。運が良ければ野良猫とすれ違うくらいだ。

直がいたら喜ぶとは思うけど、残念ながら相手は俺だしすれ違う猫もいない。


そこまで距離は離れてないから少し歩けば自宅にはすぐに着いた。

鍵はかけていない。家を出る時にわざとそのままにして出たから。


ドアノブを回して部屋に入る。部屋には明かりが点いてなくて闇が部屋中に行き渡っていた。

その一角に向けて声をかける。


「……ただいま」
いなくなったらどうしようとは少しだけ思った。思った、というくらいだからもうそれは過去形。過ぎ去ったもの。
闇が濃い隅には予想通りに直が小さくなっていた。

わざと数日部屋を空けて、わざと鍵を開けたままにして逃げ道を残しておいたのにそこにいる。

この事実がこの上なく嬉しかった。ここ以外に行く場所も帰る場所もありはしないことが実感できたから。


直の俺を見る表情が歪む。

不機嫌そうと言えばそうだし、不安そうと言えばそう。ただどちらにしても微かにあるのは安堵の様子だった。
「直」
名前を呼ぶ唇が微かに歪む。
こうしてまた――

 

 

 

 

    ⇒肝試し

     ※ホラー要素があります

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